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時々言われる
「そんな、修行僧のような生き方・・・」 たいていは、たぶん、否定的な意味で言われる。 でも私はいつも心の中で思う。 「人生は修行でしょ」。 簡素に、質実剛健に生きること 無欲であること、謙虚であること 自然の力に極力抗わずに生きること 人も自然の一部であるということを自覚して生きたいだけなんです。 人間だもの。「欲」はある。 それは「本能」なのか「欲」なのか それを見極めてコントロールすることは必要でしょう? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 人が人らしくあるっていうことは 与えられた知能をいかに使うかということの、己への挑戦かと思っている 人も自然の一部であるということは、 生きるうえで忘れてはならないことで 宗教や倫理、道徳は 人が人らしくあるための大事な大事な鍵だったと思う それが、お金とか便利さとか名声といった「豊かさへの渇望」にとってかわられた。 欲望を満たすことが人生の醍醐味のように 吹き込まれる現代 追い求めれば追い求めるほど 「求めていたもの」は見えなくなっていく 大切なものは、「そもそもそこにあった」ものが多い。 それをないがしろにし、失ってしまったのが現代。 失ったものは元に戻らない。 過ぎ去った時間は取り戻せない だから、ここから歩むだけ。 人の持つすばらしい能力 それは、歴史から学ぶ、過去の経験から学ぶということだ。 大事なものは感性と良心と覚悟。 便利さと効率とスピード、そして「欲求を刺激する情報」には要注意。
「除染は移染」教えてもらった言葉だ
お母さんたちは最終日、車に乗ってあっちこっち買い物に行って野菜や食料品を自宅へ送られた どんなおもいで買い物されたんだろう 福島は地場産の豊かな食材があふれているだろうに それが食べられない辛さ 一番ちいさい5歳の子がの野イチゴを摘んだり 落ちているドングリを拾ったり、キウイを拾ってみんなに配ったりしていたことを思い出す ここでしかできないことを知っていたんだ この子は甘地の駅に着いた時、お母さんに ここはすごく遠いんだよね、だから放射能ないんだよねと言ったそうだ それを聞いたお母さんの引き裂かれる思いはどんなものだったろう こどもがそういったんですと淡々と伝えてくれたことを今にして思い出す 後から後からやっと思いが至る こどもをまもるための決意 色んなこと感じさせてもらった こどもたちの笑顔、はつらつとした声、姿がお寺のあちらこちらに残っている ぜったいにまもりたい なんとしてでもまもりたい でもそんなこどもが福島に28万人もいる チェルノブイリでも経験していない線量なんだとチェルノブイリへのかけ橋の野呂美加さんは言っていた 悲しすぎる事だ今日本で起きていることは 同時にこどものことは一生懸命になるのに 原発で作業している人たちのことを二の次にしている自分をますます自覚した 一人のお母さんは、自分が 何とか原発が無事収束することを願うということは 同時に犠牲を認めるということだと気が付くと言っておられた もうすでに事故が起きようが起きまいが ウランを掘りだした所から、犠牲者は出ていることを知っていた 原発労働者のことも知っていた チェルノブイリで起きていることも知っていた でもそれが自分の事だとは知らなかった 誰かが犠牲になっていることを知っていながら それを黙認していればいつかは順番が回って来る それが六道輪廻 そういう世界しか知らないことを無明という 誰も犠牲にならない解決方法はあるということを知る それが浄土だと思う 本当のデモクラシイ それを知ることが与えて来る力がある 帰命無量寿如来 南無不可思議光 なむあみだぶつ なむあみだぶつ なむあみだぶつ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 改めて今回の企画を立ててくださったゆみこさん 一緒になってこの集いをサポートしたみんな そして一期一会の出会いに深い感謝
今回の集いの企画者でありマイミクさんであるゆみこさんが、
このたびの報告を日記にUPしてくださったので、許可を頂き転載しました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 福島キッズ保養の集いin光円寺の一週間終わりました 同時に風邪ひいて倒れました 事後のいろいろためこんだまま・・・ 暮れから様々な準備、が、出来たと思ったらスタート ってかんじで突入 骨格だけ計画立てて あとはもちより 如来さんにお任せ 交通費補助カンパも ボランティアも十分集まった 食材も色々寄付してもらって 様々な形で福島とのかかわりを持とうとする多くの人たちでの 共同創造 なんまんだぶつ いいこともあれば反省することも多々あって 色々不具合を参加者の人たちに我慢してもらったに違いない お風呂がひとつでシャワーの温度調節がむずかしく順番に入るから 時間がかかり、寝るのが遅くなるという問題を解決することができなかった 保養になったのかという問いが残った うちの空間線量は0.08μ㏜/h 参加者のお母さんが放射能測定器を持ってこられていて測った数値 郡山のマンションに住むその方の自宅の空間線量と同じだということ 高砂はもっと高かった0.13 鎌仲さんが去年、全国どこもそれくらいになってると言っていたけれど 汚染地と言われる場所に住んでいて放射能に気を付けている人と そうでないところにいて気をつけていない人の内部被曝の量は逆転していると野呂美加さんが言っていた(チェルノブイリでのこと) みんなわが子を守ってね 怖がるのではなく正しく知ろう 福島で起こっていることに注目してつながって行こう お互いに助け合いなさい それが隠し、補償をしない、もっと汚染させようとする流れにストップをかけるのだと肥田舜太郎さんは言われていた 大きな地震に遇い、放射能汚染を受け、それでも覚悟を決めながら福島に止まる中で、 子どもを守ることは闘いだ 地元では放射能の危険を口に出すことが出来ない 公的な機関はすべて放射能汚染を安全だと言うからだ 一つのウソは、さまざまなウソをはびこらせる みんなで安全キャンペーン、思考停止だ、力が働く ふくしま集団疎開裁判判決http://fukusima-sokai.blogspot.com/search?updated-min=2011-01-01T00:00:00%2B09:00&updated-max=2012-01-01T00:00:00%2B09:00&max-results=48 「昨年12月16日の裁判所の判決(決定)の日、裁判所の周辺は、機動隊の装甲車が止まり、 警察がものものしい警備をするという、いまだ見たことがなかった光景だったと 裁判所の近所に住むお母さんが証言しています。 というのは、裁判所は、この判決が何を意味するか、正しく見抜いていて、 もし多くの人たちがこの判決の中身を知ったら、憤激した市民が裁判所に押しかけ、 何をしでかすか分からないと予期して、厳重な警戒態勢を敷いたのです。 裁判所のこの認識は全く正しい。ところが、 実際に裁判所に現れたのは数名の裁判関係者だけでした。」 お母さん方は言う 色々な子どもを守る情報を伝えてくれる講演会へも行きにくい 講演会などに来ている人はとても少ない 「心配していると思われる」 「あなたはそういうことがいえていいね」 はっきりした発言の出来ない人が、そういって電話してきたと言われていた 実際は危険かもしれないとだれもが思っている でもそれを言うことが出来ないし、子どもを守るためにマスクをつけることを勧めることもできない 学校が一番危ない 土壌の汚染がチェルノブイリ強制避難区域並みなのに 除染したからと、そこで運動をする 大丈夫と言っている以上マスクを奨励しない クラスの中ではマスクしてる子は数人 当然保養に出すということもむずかしい その中でお正月から保養に来てくれた しずかに闘うお母さん2人 「除染は移染」教えてもらった言葉だ お母さんたちは最終日、車に乗ってあっちこっち買い物に行って野菜や食料品を自宅へ送られた どんなおもいで買い物されたんだろう 福島は地場産の豊かな食材があふれているだろうに それが食べられない辛さ こどもをまもるための決意 色んなこと感じさせてもらった 書ききれないからこの辺でアップします みなさんに読んでもらいたい 一緒に関わってくれたみんな 楽しかったね またやろう! つづく
1月2日~6日まで、兵庫県神崎郡市川町の光円寺にて、「福島キッズ保養の集い」にボラスタ参加してきます。
もちろん??料理人として・・・ 等身大の自分にできることです。 今までの自分の培ってきた知識や技術が、それを切実に必要としている人たちに役立てられると思うとうれしい。 勉強するべきことはまだまだ一杯あるんだけれど、それでも今自分の持っているものを社会に還元していくことが今自分に求められていることだと思うし、自分もそれをしたいと思っている。 まあ、ボランティアだけじゃなく。今私がやっている仕事もそうなんだけれど。 (生活の糧を稼ぐということも絡んでくるとフクザツに考えすぎてしまって、そこは考えを修正しなければならないところ、それはまた別の話か。) わたしは個人の事情と健康状態が原因でveganベジタリアンになったけれど、 ベジの料理人になってキッチンに立つようになってから見えたことが沢山あって、 そのひとつがアレルギーに苦しむ人たちだった。 すべてのアレルギーに対応できるかというと、まだ底までのレベルには達していないけれど、 でも料理というのはちょっと視点を変えてアタマをやわらかくすれば応用範囲なんて無限なのだ。 ひとつ腰をすえてそれを精魂こめてやっていると、ほんとうにそこからあらゆる社会が見えてくる。 今ある一個一個の問題は、別々に見えて全部つながっているのだ、 農業も経済問題も人の健康も政治も環境問題まで。 変化の一歩を踏み出すだけで自分の色ががらりと変わる。 自分が変わることで少しずつ自分を取り巻く状況は変わるのだ。 でも、一番大事なのは調和で、それを意識していないと、 いつの間にか突っ走りすぎていたりするんだね。 全は一、一は全。 だからこそシンプルに。 さいきん上司に言われること、「シンプルに考える!!」 とりあえず、楽しみつつやるべきことをやりつつ、羽伸ばしてきます。
先日、初めて壁のぼり「ボルダリング」に挑戦してきました。
久々に体を動かして、気分は爽快! 散歩が趣味だったころの体はどこへやら、ってかんじの運動不足に加え、 普段使わない筋肉ばかり使ったので翌一週間はいろんなところが筋肉痛だったけれど、 それさえもがなんか心地よくて(そんなコトおもってるのは私だけだろうか) 次に行くのが待ち遠しい!! しかし近頃は運動するにもお金が入るという世知辛いご時勢なので、 行けない日はチープに歩く&ストレッチ再開。 筋肉をやわらかく、骨盤をしなやかに。 健全な肉体に健全な精神が宿るのだ・・・ 精神的に行き詰ってるときはやはり外に出て運動して、上昇している気を外に発散し、 地に足をつけるのがよいですな。
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